手を伸ばせば届きそう。
本当は届くはずもないと知っているのに、
それでも飢えたように手を伸ばす僕を君は愚かと笑うだろうか。
僕のその手の先に在る、その意味にも気付かずに。


下天の月






「なーにしてんだ?」
薄暗い視界の中に、ひょいと割り込んで来た顔を見上げヒイロは伸ばしていた腕を降ろした。
「………別に」
ぼそ、と何気ない答えを返し、ヒイロは彼の目から逃れるように寝返りを打ち壁際を向く。
「別に?……ねぇ………」
それに何を思ったのか、デュオは呆れたような苦笑を漏らしヒイロのベッドの向かいにある自分のベッドへと戻った。ごそごそ、と彼がベッドへと潜り込む気配を背中越しに伺い、ヒイロは小さく溜息を零す。




ベット2つと窓際に配置された小さなテーブルしかない殺風景な寝室。
この部屋で、デュオと2人眠りにつく夜にももう随分と慣れた。
ちょっとした成り行きからデュオと共同生活を送るようになって、もう半年。
……いや、まだ半年、か?
他人と共に暮らすことなど考えられなかったのに、今の生活は意外と穏やかで。
きっとすぐに来た時と同じように気紛れに去っていくものだと思っていたデュオも、今のところは何故かここに落ち着いている。
戦争が集結したばかりの落ち着かない世の中だけれど、デュオと暮らすこの『空間』に不思議な安息を感じている自分にヒイロは気付いていた。


穏やかな安息と、相反するもうひとつの感情にも。




「………なぁ」
「………?」
しばらく静かだったのでもう寝ているのかと思えば、デュオはまだ眠っていなかったようだ。
小さく掛けられた声に、ヒイロは壁際からデュオの方へと視線を移した。
「お前もさ、ごくフツーの人間?って奴なんだよな」
「……何がだ」
何を言うのかと思えば、失礼とも言えるデュオの発言にヒイロは薄闇の中彼を睨み付けた。
見えるはずもないのにデュオはヒイロの口調と気配でそれが分かったらしく、くすくすと声を立てて笑う。
「だってさー、さっき月に向かって手を伸ばしてただろ?届くはずもないのにさ。だから、お前にもそういう……なんてーの?センチメンタルなトコがあんだな、って思って」
感心したんだよ、なんて笑いながら言われてヒイロは眉を顰めた。
「怒んなって」
「……怒ってなどいない」
不機嫌さが声に現われていたのか、そう返せばますますデュオの笑いをかってしまいヒイロはベッドからむくりと身体を起こす。
「悪かったってぇー」
デュオが慌てたように謝るが、しかしそれにも笑いが含まれている。
ヒイロは溜息を吐いた。
そうして、2人のベッドを微かな明かりで浮かび上がらせている窓を見る。
窓の外には満月。真っ暗な闇に、その白く美しい姿を浮かび上がらせていた。
「ヒイロ」
デュオももそもそと布団から這い出してくる。
ベッドの際に腰掛け、ヒイロと同じように窓の外の月を見上げた。
「……そーいや、オレ昔、月を見上げながらお前のこと考えてたっけな」
しばらく2人で月を見上げていた後に、いきなりデュオが呟いた。ヒイロは窓から彼に視線を移す。
「……俺の、ことを?」
「そーそー、初めて地球に降りて、んでハワードの船に乗ってた時だったかな。お前もこの月見てんのかなーって。あん時はまさか本当にお前がそんなコトするとは思わなかったけど」
相変わらず笑みの含まれた口調。
けれどそれは、ヒイロに不快は齎さなかった。
月の光に照らされて、深い色に沈んだデュオの青い瞳がヒイロを見る。
「お前は今、何を思いながら月に手を伸ばしていたんだ?」



「…………のようだと、思った」


遠く、遥か場所に輝く月へと伸ばされた腕。
それはまるで、届くはずもない願いのように。





■ なんだろう、自分で言うのもなんですが、書きたいことはなんとなく ■
■ 分かるような気がするけど、でもわからない、……ような(笑)   ■
■ 雰囲気的なものだけでも伝わればいいなーってカンジです。     ■

040720


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